学会、あるいは飲み会

 4時半起きで、昼過ぎ名古屋入り。飛行機は何度乗っても怖い。これがかのセントレアかと驚嘆。そして、空港から市街地までを結ぶ特急の車中、文字情報の画面に「電車でGo!」みたいな映像が流れ、二度目の驚嘆。地下鉄のラビリンスに若干てこずるも、なんとかかんとか中京大学へ。以前に一度某学会で来た事はあったものの、その驚異的なアクセスの良さに三度目の驚嘆。大学の建物を見て、四度目の驚嘆。と、「おのぼりさん」っぷりを随時さらしつつ、やや遅れて「大戦間」シンポの会場のドアを開けてはみたものの、その満員御礼状態に圧倒され、大入り袋ももらわず、見なかったことに。仕方なくというか必然的に、喫煙コーナーで同窓会ムードで歓談。とはいえ、このままではただ見物しにきただけになってしまうので、もう一度プログラムを見直し、各自目当ての会場へ。
 「二つの海戦と「決闘美」―Men at War の "Tsushima" とThe Old Man and the Sea」。Hemingwayと彼の作品に対する日本文化の影響を日露戦争に関する著作の受容と絡めて実証的に。1942年11月の真珠湾攻撃の3ヵ月後に出版された戦争もの選集Men at War を編纂したHemingwayは、その中に日本に関する物語を4編選んでいる。その中の一編が対馬沖海戦に関するもので、戦争を2人の将軍の決闘として描いている。Hemingwayの蔵書の中には同じく国家間の戦争を2人の将軍の決闘として描いた日露戦争に関する書物がある。こうして、Hemingwayにとって、日露戦争は日本的な決闘美の美学として受け止められていたかもしれない可能性が浮上する。Hemingwayは、『老人と海』においてSantiagoとカジキマグロとの「決闘」を描いているが、実はそこには日本的な決闘美の美学が影響しているのではないか。Hemingwayの蔵書に含まれていた日露戦争を決闘として描いていた件の書物は、日本の侍の美学を「死せるライオン」(the dead lion)として描いている。ならば、『老人と海』においてSantiagoが繰り返し見る「ライオンの夢」は、このアメリカにおいて受容された日本的な決闘の美学が反映しているのではないか、という問題提起で終わっていく発表。かなり画期的な発表で、得るものもたいへん大きかった。ただやはりライオンといえば、Hemingwayのアフリカ体験の影響も埒外に置くわけにはいかないので、併せて比較検討すると、一方的な反映論を乗り越えられるだろうと思う。それと、某先生の質問にもあったように、日露戦争アメリカにおいてどのように受容されていたのか、という部分はもっと詳しくやる必要があると思う。1940年前後に日本関係の書物が急増したという背景もあるわけなので。いずれにしても、『老人と海』の「ライオンの夢」の解釈に収斂させてしまうには、あまりにもったいない、多分に刺激的な観点だと、恐れ入った。
 「『八月の光』 リーナ・グローブを巡るフォークナーの人種意識」。大盛況。従来、『八月の光』における人種表象といえば、Joe Christmasの混血ばかりが注目されてきたが、リーナ・グローヴの産む赤ん坊もそうなんじゃないか、という立場をほぼ前提として、混血の隠蔽/開示に引き裂かれたテクストがフォークナーの分裂した人種意識を反映していることを証明する、という発表。細部は忘れてしまったが、どうしてフォークナーの人種意識が分かるのか、さっぱり分からず。リーナの赤ん坊が混血だ、というのもさらに分からず(登場人物たちには混血に見えるかもしれないというのであれば分かるが)。手続き上、ジェンダーセクシュアリティに光を当てていたが、問題設定の段階で、それらも人種と絡めてきちんと包括的に示すべきではなかったか。コンテクストが示されないままテクストを読み込むような「新批評的読解」は、やはりどこか宙吊りにされたままな感じがするし(文献が5,6個というのも?)、フォークナーの人種意識がアンビヴァレントなものだった、というのはすでに批評的コンセンサスとして出来上がっているように思うので、それをリーナの読みで反復する必要はないのでは、とも感じる。とはいえ、私はフォークナー研究の作法を全く心得ていないわけなので、こういう疑問も割り引いておかないといけないし、細かい手の込んだ読みは結構スリルがある。稀に見る個性的なプレゼンテーション。確実に記憶に残る強烈さ。けれど耳が弱いので、もう少しゆっくりやってもらいたかった。
 チェックイン後、先輩方と飲み。手羽先があんまり旨いので、二皿目をオーダー。しかし、今度は明らかに体に悪そうな味。久々に歓談。今から思えばそこでやめておけばよかったものを、そこからカラオケ三時間・・・。次の日、自分がきつかったのはまあ天罰だが、いつもながらに周りを巻きこんでいる自分は相変わらず空気が読めない(というより、読もうとしてないからさらにタチが悪い)。先輩に余計な気を使わせてしまったようで、なんとも心苦しい。一軒目の飲み代より2軒目のカラオケ代の方が高いなんて、絶対狂ってる。完全に本末転倒の夜。いや、それでも久しぶりに楽しい夜。モノノフ氏のハマショー、KさんのオザキにFさんの真面目な歌、KYさんの歌も初めて聞きました(楽器ができる人はやっぱ音感いいです)。ああ、そういえばひとりお疲れの方もいました。なにはともあれ、みなさんご苦労様です。そして、ごめんなさい。