プロレスはどこにいくのか?

 ひさびさに大学に行く。友人と年末の一大決戦、小川対吉田戦や新日身売り騒動について飯を食いながら話す。年末のプライドはとても楽しみ。男祭りならぬ猪木祭りはどこにいったのか。紅白はもう見ない。格闘技もいいがプロレスはどこにいくのか。新日ドーム大会は1・4が最後だというし、猪木は株を手放すし。全日も分裂の兆しがあったというし。
 2度ほど馬場健在時の全日を観戦しに行ったことがある。中学か高校の頃だったろうか。まだブッチャー・キマラ組が健在で、ゴディ・ウィリアムス組がブイブイ言わせていた頃だ。九州の片田舎の興行だから、そんな大したカードはなかったと思うけど、馬場のココナッツクラッシュが妙に記憶に残っている。あとキマラに入場の際触ったら、冷たくてびっくりしたこととか。
 中学の部活でサッカーの練習をしているときのこと。その日は、グラウンドの横に隣接する市立体育館で全日の興行が行われることになっていた。キャパは500人ぐらいだろうか。全日は地方を大事にしていたのだ。グラウンドを走っているとバスが到着。こんなでかい人たちがあんなバスに乗ってきたのか、と思うほど普通のマイクロバス。馬場は体を折り曲げるようにしてバスから降りてきた。しばらく練習を続け、ふと見るとアップを終えたスタン・ハンセンが体育館横の踊り場でソフトボール部の部員と談笑しているではないか。記憶が前後しているかもしれないが、小橋健太にパイプ椅子で殴りつけ、前代未聞の大流血騒動を引き起こしたあのスタン・ハンセンがにこやかに笑っている。ああ、なんであの時声をかけなかったのだろう。サインをもらわなかったのだろう。それよりもなんで、練習サボって試合を見に行かなかったのだろう。ちょっと遠くで試合があるときはいったりしていたくせに、もうおそらく一生ない、というかすでに別物になってしまった全日を思えばもう永遠にない地元での全日興行。スタン・ハンセンも引退し、馬場が死んで、団体は崩壊した。あのときほど熱狂してプロレスを見ることはもうない。新日も三銃士がばらばらになり、キドクラッチが姿を消し、猪木はただのタレントになってしまった。ああ、あのときのプロレスはいずこへ。