one fall

One Fall

One Fall

 寝る前の楽しみとしてちまちま読んだ。
 無名のレスラーが思いがけずやってしまった試合中のウィンクをきっかけにスターへの階段を一息で駆け上がり、タイトルマッチにまでこぎつけるも、さまざまな思惑の絡んだ陰謀に巻き込まれ、袋小路に追い込まれる。窮鼠猫を噛む、チャンピオンとの「一本勝負」でアングル破りをやってのけ、シュートマッチに挑む、というお話。リング上よりもバックステージや私生活が主な舞台で、プロレスというよりも、セレブ小説に近い部分もある。プロレスマニアのサイトを開設している青年による疑惑解明が大きな鍵を握る。だいたいの内容はhttp://www.associatedcontent.com/article/9151/one_fall_by_spencer_baum_the_first.htmlで紹介されている。
 匿名の団体、選手で構成されているものの、2大メジャーによる綱引き、月曜夜の視聴率競争、そして吸収合併というような素材を見る限り、WCWWWF(現在のWWE)による一連の興行戦争の起承転結を参照しているのは明らか。モデルとなっている実在のレスラーを想像するのもいいかもしれない。
 テーマは虚実皮膜。アメリカのプロレスの場合、ショーの要素が特に強く、最近はアングルの存在を公言したりもしているので、観客の多くは試合をドラマを見るような感覚で観戦している。この小説は、一般的な前提となっている安定した虚実の分断を逆手にとって、観客が虚構だと思って見ている試合に虚構ともリアルともつかない無数の解釈を呼び込む仕掛けを施し、プロレスこそが実人生よりもリアルである、という転倒、ひいてはプロレスこそが人生である、というような水波の隔ての謂いを導き出す。観客に夢を与える虚構を内側から冒涜し、私腹を肥やすために試合を利用するための偽りの負傷、「リアルな虚構」をリング上に持ち込んだチャンピオンが、リアルファイトで失墜するタイトルマッチにいくつにも分岐した支流が合流していく。
 ストーリーの大部分は、他のレスラーに汚された女性レスラーを主人公のレスラーが庇護するという、アメリカンプロレスにありがちなありふれたメロドラマだったりする。重要なサブプロットである団体乗っ取りの策謀の解明にしてもあまり意外性はない。むしろすべてが陳腐さに満ち溢れている。けれども、きっとその陳腐さこそがプロレスであり、だからこそそれを表現するために主としてリング外の出来事をプロレスのアングルのようなものとして描き続けるこの小説は、最初の本格プロレス小説と呼ばれているのだろう。
 しかしまあ残念なのは、陳腐なストーリーの脇を魅力的な表現で固めることができていない、ということか。それでもいくつか面白いところも。たとえば、主人公がヒロインのレスラーとの関係をある事情で秘匿しておかなければならないのに、オートロックの存在を失念して白のパンツ一丁で彼女の部屋の外に締め出されてしまう場面。ネット上でゴシップをばらまくカメラ小僧にパシャパシャ写真を撮られたり、他のレスラーにあっさり見つかってしまったり。挙句の果てに、ヒロインが騒ぎを聞きつけて部屋から出てきて、自分の服があるヒロインの部屋に戻っていくという始末。裸が商売のレスラーが、私生活も裸でゴシップネタの的になってしまうという悲劇。格好はほぼ同じなのに。リング上では威風堂々の新進スターの動揺ぶりがおもしろい。
 

 Joey breathed deeply through his nose. There was no need for panic. Every week, tens of millions of people saw him dancing around in underwear and boots, so there was no reason to worry about this one moment in the hall in his boxers.

 とまあ、一般人だったらまだしも、自分はプロレスラーなのだから大丈夫、というようなこじつけでなんとか納得しようとするJoey。
 

 As if to show himself that he wasn't upset at all, Joey walked slowly to the closed door and paused before knocking softly. Then he waited for what felt like an hour. He knocked again, three times, this time with more snap. After the third knock he counted silently in his head. One...two...three...four...five...he didn't know why he was counting or when he was going to stop...six...seven...now he was getting nervous. No point in denying it. He really wanted to get back inside the room, out of this hallway, lest another photographer showed up and did whatever he did to inform Duke right away that Joey was bonking the company's most popular woman.

 自分はプロレスラーなのだから、という理由で、この危機的状況に対する不安を緩和しようとするJoeyだけども、それが逆にあだとなる。自分が締め出された状況をリングアウト負けの危機と無意識的に重ねあわせてしまう。自動改札でゲートが開いた瞬間にダッシュしようとする武幸四郎と同じく、もはや職業病。ああ、陳腐だ。だけど、おもしろい。

 他では、どこを見ても猫だらけのキーウェストで、空港からタクシーで目的地に向かう途中、タクシーの運ちゃんが "People say it was Earnest Hemingway brought them cats. More of them than people in Key West" と教えてくれたり。へえ。もしかして、これって常識なのだろうか(汗)。→http://www.hemingwayhome.com/HTML/our_cats.htm