グラスホッパー+α

 ユーロに引っ張られて寝坊、草刈をさぼって、嫁にジロッと睨まれる。

グラスホッパー (角川文庫)

グラスホッパー (角川文庫)

 初めての伊坂作品。殺された妻の復讐に燃える「エヴリマン」鈴木、仲介業者に人形のように操られていると感じているナイフ使い「蝉」、偽装自殺を請け負い淡々と任務をこなしながらも死者の亡霊、あるいは幻覚に悩まされる自殺屋「鯨」。それぞれ独立した3人の視点が、「押し屋」と呼ばれる闇家業に生きる男を焦点として、ひとつの像を結んでいく。謎解きの要素のある魅力的なスジを、闇に生きる殺し屋を苛むアイデンティティに対する不安で肉付けして、結構分厚く、それでいてそんなに冗長にならず、ちゃんと緊迫感を維持している。カットが映画的で、アダプテーションに嵌りそうな物語だが、文体の方も、例えば殺しの場面では、句読点と細密な分節化によってスローモーションの効果を出したり、何かと視覚に訴えかける工夫を随所に施している。

幽霊たち (新潮文庫)

幽霊たち (新潮文庫)

 教材研究が高じてオースター山を踏破する勢いの嫁に釣られて、初めてのオースター。ブラックを監視するブルーとブルーを監視するブラックの話。翻訳に脱帽。何にも起こらない日常を異界っぽく描く筆力を見事だし、『グラスホッパー』の「蝉」のような悩みを掘り下げていく思考の洗練度は高い。インテリらしく、アメリカ文学の古典の引用や奪用は慣れた手つきで、違和感なく異物を話に組み込んでいく。が、なんとなく、この人は多分、こういう感じの話しか書けない人なのではないか、とぼんやり思う。まあ、志村けん奥田民生マンネリズムは崇高ですらあるわけだが。