柔道総括と「いしいくん」

 谷本・上野、それから内柴の一本柔道はたいへん美しく、かつ圧倒的に強かった。柔道からJUDOへ、と吹聴するしたり顔の輩も、カメレオンよろしく、柔道の美しさを言祝いでいるに違いない。ほとんど組み合わず、頭を下げ、もろ手刈りや朽木倒しという名のタックルを狙うアマレス柔道を、正統派柔道の技巧が凌駕する瞬間を目撃するのは痛快で、溜飲が腹の底まで下がって、茶を沸かし、思わず歓声と涎が口角から吹きこぼれる。*1
 その一方で、JUDOに打ち負かされ、焦慮に駆られた鈴木の姿に驚いた。山下や斉藤、最近では篠原や井上といった正統派の系譜に名を連ねる鈴木が、講道館柔道の象徴としての男子重量級の覇権を争うことなく、あっさり初戦で露と消える姿はなんとも悲しい。日本選手団のキャプテン、金確実という世間の予断、連覇の重圧といった有象無象のプレッシャーが影響したのだろうか。足技の魔術師の足運びは地につかず、タックルの前に屈した。舞台裏で行われてきた柔道とJUDOのルール変更をめぐる綱引きも含め、競技団体の威信を賭した異種格闘技戦の悲哀を、鈴木のさびしげな背中に感じた。
 JUDO時代の申し子、石井慧は、あっさりと頂点に辿りついた。準決勝までの一本柔道から一転、決勝は勝負にこだわる試合をみせた。そんな強い石井くん、新人類という古めかしいレッテルを貼りたくなるほど、かなりの変人である。
 石井は、五輪代表決定戦となった全日本体重別で、鈴木を破ったにもかかわらず、あまりにひどい試合内容に「今度こそはいい試合をします」と号泣した。次頑張れよ、と心の中で声援を送ろうとしたら、解説の篠原は、「今度今度って、いつもひどい試合をしては泣くんですよ」と突き放した。途端に石井くんがわからなくなった。
 「すぽると」での井上と鈴木の特別対談に、石井は奇天烈な質問を寄せた。井上に対する質問に関しては詳細を忘れたが、鈴木に対する質問は忘れようがない。「特にありません」。井上と鈴木は、「たぶんあいつは俺たちに興味がないんだよ」と苦笑することしきり。五輪選手団のキャプテンが背負う重責の話など、まじめな話が中心だっただけに、余計に石井くんの質問が浮いてみえた。
 おそらく柔道界の行く末などに全く興味はないであろう石井だが、彼こそが柔道界でもっともキャラの立った逸材であることに異論はない。うちの嫁などは、「人間的にどうなの、この人」と訝っているが。
 塚地、ではなく、塚田も健闘した。好きなだけマヨネーズを食うがいい。
 

*1:内柴の決まり手は、スモールパッケージホールドだと思うが。