館と症例

十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫)

十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫)

症例A (角川文庫)

症例A (角川文庫)

 前者は綾辻のデビュー作にして、館シリーズのさきがけにして、新本格ブームの嚆矢。後者は2000年度「このミス」第9位、「本格サイコ小説」。私的メモ。
 『十角館の殺人』。
 探偵が被害者であり、犯人であり、探偵でもある、という不思議な作品。トリックが冴える。手法的にはミスディレクション。しかしこの作品では、館を使って誰かが犯行を目論む人為性よりも、館があるから犯罪は行われる、という倒錯の方が支配的で、推理する探偵たちよりも館の方がむしろ人間的に見える。探偵がいるから事件は起きる、という名言を誰かが吐く『ラッシュライフ』を思い出す。
 冒頭、犯人が犯行計画を詳細に記した紙を小瓶に入れて海に流す。犯行が露見するか否か、犯人が捕まるか否か、という現実原則にのっとった秩序回復譚は、孤島=ゲーム=物語の埒外にある。まるで操り人形のように「探偵たち」をもてあそび、殺人とそれに引き続く推理のゲームを彼らに促す館こそがゲームの主人公、ということなのだろう。
 『症例A』。
 病状の判断が難しい少女をめぐる精神科医の苦闘と国立博物館収蔵品の贋作騒動とが始めは並行、やがて交錯、結節していくという流行のスタイル。贋作騒動のすじは、あっと驚く落としどころがみつからなかったとみえて、やや予定調和に収斂していく。そのため、巷間に浸透するミステリー理解に照らせば、傑作とはいえない。しかし、巷の謎よりも人間の内面の方がはるかに謎めいている、という主張を物語の結構に反映させているという見方をとれば、これはこれで非常に説得力のある仕上がりになっている。膨大な参考文献を見れば一目瞭然、構想7年の大作であり、粗製乱造の心理学本などよりも精神病理の世界の実情を赫々と活写している。『閉鎖病棟』と並ぶ快著。
 多島斗志之の作品を読むのは初めて。多彩なジャンルの小説を縷々と上梓しているようなので、他のも読んでみたい。