黒百合

 
 約40の危険水域へとひとり漕ぎ出す勇敢な嫁に、スペインを舞台にしたミステリを数冊贈る。といってもマウスをクリックしただけですけど。現地滞在中、「ここでフランコがばらばらに・・・」とか「ああ、あそこでホセの首が」とか呟くのだけは勘弁して下さい。
 それ以外にも、週末には手作りスペイン料理をお見舞いする。パイって難しい。
 最近、スペイン関連の本を狂ったように渉猟している嫁だが、うちの居間にもその狂気のとばっちりはやってきたようで、壁に "pared" と書いた付箋が貼ってある。どうやら「壁」という意味の単語らしい。なるほど、バルセロナ大学に本気で仕官するつもりなのだろう。たかだか一週間程度の旅行で、「壁」という言葉を使う局面はよもや訪れないだろうから。

 

黒百合

黒百合

 避暑地・六甲山にやってきた二人の少年とひとりの少女が描く、淡くはかない三角関係の軌跡。その背景に散りばめられた欠片をつなぎ合わせると、大人の黒い多角形が姿を現す。解決篇なし、『イニシエーション・ラブ』型青春→ミステリ反転小説。
 『症例A』とはずいぶん毛並みの違うミステリ。あちらはミステリとしてはちょっと失敗しているような感じだったが、こっちは巧緻で繊細でそれでもって大胆な仕掛けを隠した技術点満点のミステリ。冒険小説書いたり、本格書いたり、最近では文芸にも手を出したりと、多才な作家さん。文芸もので培った何も起こらない日常を淡々と描く技術が『黒百合』にちゃんと活きている。