鬼の跫音

 ディオニューソスの怒りを買った中川前財務相。酒の失敗は水に流せない。やっぱ迎え酒だな。

鬼の跫音

鬼の跫音

 乙一テイスト、あるいは「世にも奇妙な物語」的短編集。
 デビューはホラーサスペンス系だというし、軸足は怪奇譚の方にあるようだ。本格なども書いているが、彼の本領は物語に引き込んだ上でちょっと騙す、というような日常の奇譚なのだろう。
 ミステリ的大仕掛けよりも、「つい魔がさして」というような淡い刹那を劇化するために周到に材料を配置していく文芸的技巧が冴える。各短編はSという記号で繋がれ、また蟲の羽音や鴉の鳴き声など、理性の箍が外れ、狂気が蠢動する音によって貫かれている。
 死体遺棄現場にいた鈴虫の記憶が事件の真相を囁く「鈴虫」。刑務作業製品である椅子の脚の裏に見つけたメッセージを手がかりに数十年前の事件を洗う「ケモノ」。二十年前の祭りの日の汚泥がわが身に降りかかる「よいぎつね」。窃盗を詫びにやってくる青年と身に覚えのない新進作家という図式が反転、そして反転「箱詰めの文字」。リバース・シークエンス的に繰られていく日記の記述から達磨の眼が顕れる「冬の鬼」。あらゆるものを閉じ込めることのできる絵とともに暮らす深窓の未亡人と不条理な虐めに悩む少年が邂逅する「悪意の顔」。
 ある日、見知らぬ青年がやってきて、盗まれた覚えがないのに「盗んだ」と言い張る、という引込み線の設定が秀逸な「箱詰めの文字」がベスト。転移の関係をうまく利用している。青年のドモリが新進作家に転移する、というハイライトのアイディアもおもしろい。声、あるいは音の転移は、本書の通奏低音でもある。