明日の記憶

 最近のリヴァプールは余すことなく相手の長所を引き出す試合をする。どれもこれも名勝負数え歌になりそうな。

シャドウ (ミステリ・フロンティア)

シャドウ (ミステリ・フロンティア)

明日の記憶 (光文社文庫)

明日の記憶 (光文社文庫)

 前者は第7回本格ミステリ大賞受賞作。大学病院に勤務するふたりの男とその家族、そして母の死。「投影」を巧く使ったトリックは見事だが、それだけが浮いてしまっている。動機や少年らの行動にあまり合理性がないのが気になる。ちょっと完成度が低い。けれども、暗澹とした作風といい、少々あざといと思えるほどのキャッチーな(黒い)エピソードの羅列といい、道尾色は黒い画用紙の上でちゃんと黒く発色している。
 後者は、50にして若年性アルツハイマーに罹患した広告代理店の中間管理職の男が、仕事に、家庭に、自分の将来に悩む、という「喪年」小説。芸の幅が広い。
 記憶喪失に代表されるように、記憶をテーマにするとアイデンティティの不安が前面に出る(たとえば『メタボラ』とか『ボーン・アイデンティティ』)。記憶喪失の場合は、記憶喪失後に新たに築いた人間関係や過去と関連する偶発的な出来事が触媒となって、自分が何者であるかの感覚を取り戻していく、という可逆的な治癒の過程に焦点が当たることが多い。ただ、若年性アルツハイマーの場合、喪失は不可逆的で、次第に「私」は雲散霧消していく。記憶の喪失を少しでも食い止めるために主人公の男がポケットに詰め込んでいる大量のメモ書きのように、あるいは彼の日記に50の男の味わいを加えていたたくさんの漢字のように、「私」は脱落し、分散し、どこかに消えていってしまう。だから、彼の物語は、私らしさの指標をざるで掬うような絶望的な「足し算」から、全て消えてしまってもそれでも残る一縷を求める「引き算」へとずれていく。
 瞬く間に実線から破線へと身を窶す短期記憶に見切りをつけるように、彼は、若さゆえのありあまる筆圧が残した痕跡を辿り、自分の原点へと遡行し、一縷の何かを探る。陶芸を始めるきっかけとなった奥多摩の工房を訪れた彼は、かつての師である陶工と再会するが、この老人もまた痴呆を患っている。老人を陶芸の師ではなく痴呆のメンターと仰ぐことに決めた彼は、老人の「ひとみばあさん」級の記憶喪失ぶりに苦笑しつつも、依然衰えぬ陶芸の腕と卓見に感服する。そして、土との格闘の中で、記憶ではなく、記憶への気負った執着を捨てていく。
 帰り道、正体不明の女が彼に付き添う。残るのはただ匿名の関係性のみ。自分の名前も相手の名前も来歴も性向も背負っている過去もわからない。だが、ふたりの間をつなぎ明日を紡ぐ一縷の絆、一縷の靭帯、「明日の記憶」は残される。夫婦を照らす夕日の日脚は速い。しかし、少しのあいだだけ、ゆるりと澱む。ええ話や。
 ついこの間も柴咲コウが思い出せなくて七転八倒しただけに、非常に身につまされる話だった。