RANK

 梅はどこにも咲いてねえけど梅雨入り。奥歯が疼く。

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 道州制が敷かれた近未来日本。未曾有の人口爆発に見舞われた関東州は、一億を越える民草を統制する<RANK>システムを導入する。鵜の目鷹の目で民衆を見張る無数の「眼」は、州民のあらゆる言動を峻別し、それに応じた数字を庶民に割り振る。変動する数字に一喜一憂する大衆の後押しを受けて、<RANK>至上主義が平然とまかり通る。ランク外まで身を落とした執行該当者たちは、特別執行官たちに地の果てまで追われ、強制執行処分の軍門に下る。
 「眼」は自らを視ることはできない。かたや、職分に忠実に執行該当者を処分しながらも制度に不信と不満を募らせていく春日。こなた、制度の暗部を体現し暴虐・嗜虐の限りを尽くす佐伯。内なる「両眼」を通じて、監視・格差維持システム<RANK>の全貌とその力学は語られる。究極の格差社会を舞台としたノワールノワールあんまり読んだことないけど、ノワールだよな。
 <RANK>とは、社会を、ひいては有象無象の意識下を毛細血管のごとく駆け巡るエコノミーであり、ゴミでも資源として再利用する地球に優しいエコロジーである、というまとめで括ってもよろしいか。
 テーマ。平山夢明の「オペラントの肖像」にも通底する、際立って優秀な取り締まり官は、取り締まられる側の性向や心性を濾過して純粋培養して人型に成型したようなやつだ、というような逆説が、特に佐伯の場合、当てはまるような気がする。佐伯は自分のランクを気にしない。ランクの埒外に立っている。ランク外に立っている執行官だから、ランク外に零れ逃げまどう執行該当者たちの動向を正確に予測し、容易に捕まえ、私刑に処すことができる。正義に殉ずるやつはどんな悪者よりも黒い。黒すぎるやつだけが正義を正しく実現できる。『ダーティ・ハリー』しかり。その点、春日は精勤しているように見えてサボっている。正義を代行するにはまだ黒さが足りない。
 それから文体。『地図男』でも貫徹されていた、難語を散りばめながらも勢いを失しない迫力ある文体は、独特でおもしろい。けれど長編になると、これが蹉跌になる。こういう密度が高くて腕っ節の強い文体はどうしても一本調子な印象を連れてきてしまう。まあ読み手を選ぶ作家なんだろう。けど、ともかくもあたしゃ好きだね。一般ウケを狙うなら、もう少し抑揚や笑いがあればなあ、と思う。例えばこんな。
 
 

 職を転々とし鳩山CCでキャディを始めて2か月の岩田幸二郎は90,265,187。奴隷のように酷使され、無作法を口喧しく詰られて、鬱々と憤怒を表情に滲ませている――岩田は日頃からゴルフ嫌いを公言してやまなかった。重いバッグを担いで徒歩移動するのは体力を根こそぎ奪われるし、そもそも接待の性格が強い媚売りスポーツのくせに、マナー至上主義だのジェントルマンシップだのとお高くとまっているところが心底、性にあわない。自給につられてキャディを始めたが、こんなにも鬱憤や屈辱感が募るようでは割に合わない、と同僚に愚痴っていた。9番ホールまで来た岩田は、誰にも聞こえない声量で呟いた。マナーだのフェアプレイだの、そんなものはもうまっぴらごめんだ――
 「1番をくれ」
 「アイアイサー」
 「君? なんだねその返事は……」
 求められたドライバーをバッグから抜くと、いきなり「ファアアアアアアア」と叫びながらオーナーに振り下ろした。チタン合金のヘッドが頭部を破壊し、ティーグラウンドの芝生が血で汚れる。茫然自失とする他のプレイヤーに「狙いますか、刻みますか?」クラブを選ばせる。それぞれが選んだ4番と5番で、それぞれの頭部を何遍も何遍も殴ると、岩田は額をつたう汗と返り血を拭った。