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 とある学会のシンポジウムでの一場面。
 あるせっかちな女性は遅刻してしまった。シンポジウムは盛況で会場にはすでに人がたくさん、おまけに司会者は緒言を切り出したところだった。彼女は、座る場所を探しまごついていた。こういう状況で目立つまいと肩肘張るあまり、却って目立ってしまい、あとはすべてパン神の御心のまま、加速度的にパニクっていく彼女のことだ。帰趨は見え透いていたはずだった。
 とすぐに、「ほら、こっちにおいで」とどこからともなく声が飛んだ。声の源をアリアドネの糸と信じて手繰ると、声の持ち主は手を振っていた。大会実行委員が座る席だった。彼女はよろよろと声の命ずるままに歩みを進め、その女性の隣にぺたりと座った。知らない人だった。誰だろう。まいいか。発表に耳を傾けているうち、些細な出会いのことなどいつしか忘れていた。
 質疑応答になった。やおら隣の女性が挙手し、名乗り、質問を始めた。聴きなれない声が語った、読み慣れた名前を耳にした。声と名前が出会った。
 そして声は喪われ、名前が遺った。たくさんのエクリチュールと、きっと私の知らないところで今も呼吸しているだろうたくさんの記憶とともに。

アンティゴネー: いえ、けして、私は、憎しみを頒けるのではなく、愛を頒けると生まれついたもの。
クレオン: そんなら、さあ、あの世へいって、是が非でも愛するならば、愛したがいい、あいつらをな。私が生きて居る間は、女の勝手にはさせぬぞ。