耳鳴りと目眩

 
 2・7 Judas Priest:フェアウェル・ツアー@福岡サンパレス
 タンクトップから伸びた二の腕が弱腰な宙を痙攣的に強請る。教頭先生の頭さえ微かに上下している。スキンヘッドに巻きついたタオルが少しずつほどけていく。
 頤が激しく震える。帽子の隙間から汗が滴り落ちる。汗のひとつひとつは震えのなかで忽ち蒸発し、スモークのなかに紛れてしまう。
 1500人が詰め込まれた匣は今や熱気に湿り、衝動を抑えつけ、快哉を抱いている。火事場にも等しいスモークの雲霞を、たくさんのカクテル光線が突き刺している。
 ステージの上には蜃気楼のような5人の男。
 針金のような4本の足についた4本の腕の妙なる愛撫が2本のフライング・Vに喘ぎ声を上げさせる。天井に当たりそうなほど高く投じられた1本のスティックが逞しい掌に落ちる次の瞬間、皮を抜けて金属にまで達する痛撃がひとつ、音叉の車輪を急きたてる。同じ場所で足踏みを続けるベースラインが一本の見えないピアノ線となって騒々しい音の乱舞を貫いている。彼らはわたしの臓腑にいくつかの心臓を埋め込み、わたしを縦に揺さぶる。わたしは揺れる。縦に。細かく。速く。
 ステージに向けられたたくさんの腕、その先で尖り続けるたくさんの人差し指と小指のあわいで禿頭の神が唸りはじめる。
 絞られた横隔膜から、太く甲高い聲が放たれる。鉈のように逞しい。
 聲の鉈はゆっくりとわたしに向かって迫ってくる。徐々に速度は増す。鉈は鋭く細く研ぎ澄まされていく。聲は刃となって耳殻を掠める。耳殻が刺々しく浚われると同時に、鼓膜はびりりと肘打ちを食らった網戸のごとく震え、聲はわたしを交わしていく。
 まだ。
 匣の壁へ。
 二階席の張出しと垂直に伸びる壁とがつくる袋小路で行き場をなくし跳ねた聲は、踵を返し、錐のように尖って、わたしの首筋に突き刺さる。頭蓋に細動が起こり、わたしの頭に聲の錐が回転数を上げながら捩じ込まれていく。錐はわたしの脳の堅い場所でふたつに割け、両の蝸牛をそれぞれ巡って宙へと溶ける。
 臓腑を突き上げる電子の爆音に圧されて縦に揺れていた躰はぴたりと止まり、虚ろな目はステージの上で前屈みになったスキンヘッドの頭頂部に向けられていた。尚も殺気立った聲は次々とやってくる。魂を抜かれたわたしは、何度も無防備なまま聲に襲われ続ける。耳はきんきんに聾され、躰はキャップも中身も抜かれたウィスキーボトルのように寂しい。
 鎮痛剤はもういいよ。痛みが欲しい。
 聲は源の定かならぬ疝痛のようにわたしを襲い続け、嗚咽のない、もの静かな涙が頬を伝い続けた。聲と5人の男たちとわたしの涙は、愁雲の彼方へ、ハーレーの轟音とともに消えていった。
 機械の日々、さようなら。音叉の壁、さようなら。
 
 蒸れた匣の外に出ると、いくつかの粉雪が横風に煽られ、わたしの顔を打った。遠くは一面灰色、隙間なく濛々と煙り、わたしの目の前では涙と汗の白い雪片が夜闇を縹渺と舞っていた。わたしは冥い路地を歩き、流した涙の意味を求めて、堅く閉じたレザーの内側でおぼろげな記憶を燻っていた。


 
 2・8 レオナルド・ダ・ヴィンチ展@福岡市立美術館
 レオナルドの意匠や構図を、同時代の画家やその工房、さらには後世の画家たちがどのように引き継いだか、という趣旨の展覧会。
 16世紀初頭の画家・彫刻家たちはまだまだ職人の域を出ず、工房単位で集団作業をしていた。ルネッサンスはレオナルドやミケランジェロを嚆矢として、作家が職人ではなく、芸術家として評価され始めた時代だった。*1彼らを芸術家として評価する軸は、そのアイディア、デザインであり、とりわけデッサン力だった。わたしの勝手な憶断だが、レオナルドに未完作が多いのは、デッサンで満足してしまったため、ではないかと思う。線の組み合わせ、つまり「かたち」の美しさこそが、彫刻が最高峰だった時代の美の基準だった。*2
 ひとつひとつの作品は流石にあまり見るべきところはなかったが、キュレーターや監修者が優秀なのだろう、問題提起が明確で、全体としていい展示だったと思う。*3
 モナ・リザの構図やフォルムは様々なところで引用、奪用、剽窃されている。デューラーにも影響が及んでいるというのは発見だった。
 さらに「裸体のモナ・リザ」なるレオナルドのコンセプトが、たくさんの追随者に受け継がれているさまは壮観だった。レオナルドは「裸体のモナ・リザ」をついぞ描くことはなかったようだが、そのコンセプトは後世の芸術作品にコンセプションしている。引用源の現存しない引用の数々。
 また権威の所在が反転していくのもおもしろい。芸術家は多くの王族やパトロンの支援によって生計を成り立たせていた。晩年のレオナルドもフランス王の庇護の許に作品の制作と弟子の育成に勤しんでいた。*4 レオナルドの死後、彼の名声は生前より高まり、神話化されていく。ついには、フランス国王がお抱えの画家にレオナルドの最期を自分が看取る絵を書かせる。メディチ家が聖人たちのなかに自分たちの肖像を描かせ、一族の権威を神話化したことを思えば、レオナルドが国王の権威を高める側に回るという反転には隔世の感がある。


 
 2・8 本の渉猟@ジュンク堂
 久しぶりに巨大書店に足を踏み入れた。
 1F。雑誌に旅ガイド本、山岳ノンフィクション、売れ筋の本、とここまで30分。マイナーな雑誌はあるし、バックナンバーはあるし、飽きない。澁澤龍彦全集とかバルトの写真付き評論の豪華本とか、眺めているだけでわくわくする。『現代思想』が上野千鶴子特集の別冊を出しているのには驚いた。上階には東大での最終講義を収録したDVDとブックレットまで売っていた。『おひとりさまの〜』で一般ウケしたからだろうか、こういうのもわりと売れる見込みなのだろう。数冊は上野の著作を読んでいるわたしでも、ここまでくると首をひねる。
 2F。文芸書(海外/国内)、文庫本、新書。文芸書めぐりだけでも30分超。海外文学の研究書が、小説のなかにまぎれている。こういうふうにすれば、少しは売れるだろうか。物量に圧倒されてだんだんくらくらしてくる。本屋に来ないと巡り会わないような本にいくつか出会う。新書はもういいだろうと断念する。
 3F。専門書。人文系、社会学系、歴史学、文化史を中心に。わくわくしながら、同時に打ちのめされる。読んでいない本、読むことのない本がこれだけある。誰かがなにかを知らないからといって、わたしにはその人をバカにすることはできない。これだけ読めない本があるというのに。同時に、これだけの本のうち、どれだけの数の本が消えていくのだろうと思うとぞっとする。そういえばエーコが言っていた。文化として残る本は0.1パーセントぐらいだという。ネット書店では実感できない、本はそのほとんどが屍体なのだということを。
 目眩を覚える。驚きと呆れが入り混じった目眩。ロジェ・カイヨワがいうには、産業社会の成熟に伴って、目眩は遊びの世界の一要素としての格を上げた。今、産業社会は熟しすぎて腐乱している。クリックひとつで本を注文し、段ボールに梱包された清潔な本を受け取るばかりではなく、ときには大きな本屋にいって、書架で本が死屍累々となったカタコンベにて蒙垢の目眩を覚えるべきかもしれない。屍体の臭気を躰にしみ込ませて、教養を笑う。読めない本は、鼻を高くしたピノキオに掣肘を加える。
 紙袋ひとつをぱんぱんにして帰路につく。

*1:たとえば、ルネサンスの芸術家工房

*2:この基準を崩し始めるのが「印象派」。

*3:アイルワースのモナ・リザ」のスフマートは興味深かった。ルーブルモナ・リザと比べてみよう。「岩窟の聖母」はナショナル・ギャラリーでも見たが、あまり印象にない。ウフィッツィの「受胎告知」が今のところ最も印象に残るレオナルドの絵画。

*4:芸術家がパトロンの庇護を離れる過程は、市民革命とその後の画商の登場に多くを負っている。たとえば、印象派はこうして世界を征服した