若かりし羽生

 すっかり忘れていた『バトラー』を半分ぐらい、それから論文をいじる。
 昨晩は『四人の名人を破った少年―天才羽生善治の研究』を寝る前に。14歳で4段昇段(プロ棋士になる)、19歳で名人位に次ぐ将棋界の最高位「竜王」を史上最年少で奪取した「天才」羽生善治の若かりし頃を記した本。羽生の凄いところは、あらゆる戦型を使いこなすところ。しばしば彼の鮮やかな終盤の逆転劇は、「羽生マジック」と称され、神話化されているわけだが、こうした派手な逆転劇の遠因は、対戦相手がまずもって羽生の柔軟さに飲まれてしまっているところに求められる。一流棋士はたいてい若手時代に自分流の型を開発(「藤井システム」や「一手損角替わり」など)し、それを突き詰めた上で、あらゆる戦型を操れるようになっていくものだというが、羽生にはそうした得意な型が存在せず、あらゆる型を一戦ごとに使い分ける。まず一手目を指した時点で対戦相手は予想だにせぬ戦型に疑心暗鬼となり、飲まれてしまうというわけだ。加えて、羽生は短時間で手を読む力に長けている。残り時間との戦いになる終盤に羽生が強いのは、残り時間が少ない終盤に一瞬にして最善手を見つけることができるからだという。そういう羽生の的確さを前にして、対戦相手は悪手を連発して勝手に自滅していく(愚地独歩の回し蹴りに吸い込まれるように当たりにいってしまう引き立て役のごとく)。とはいえ、そうした「天才」もやはり尋常ならざる努力の賜物だ、という常套句もまた羽生のためにある。羽生は小さい頃から将棋以外のものに興味を示さなかったという。寝る間を惜しんで将棋を究めた男にしか見ることを許されていない景色を羽生は予め与えられていたのではなく、絶えざる精進の末に掴み取ったのだ。しかし、歴史に残るような棋士になるためには、将棋を離れた多面的な人間形成が必要なのだという。将棋だけではなく、あらゆる面で人間的に成長すること、それこそが超一流の条件である。最近の羽生についてこの本は触れていないが(1990年出版なので)、一時7冠を獲得し、現在も他の追随を許さないほどの強さを誇る羽生善治を見る限り、きっと人間力にも優れているのだろう。しかし、絶対的な強さの条件が人間形成にあるのならば、中原誠永世名人のあの詰めの甘さは人間力の賜物なのだろうか、とつまらぬつっこみを入れたくなる私もまた人間力が足りないのだろう。将棋に関しては全くの素人ではあるけれど、プロの世界の凄さを垣間見た気がして、今日も満腹。そういえば以下の2冊も話題でしたね。

決断力 (角川oneテーマ21)

決断力 (角川oneテーマ21)

集中力 (角川oneテーマ21 (C-3))

集中力 (角川oneテーマ21 (C-3))

いくら人間力が大事とはいえ、竹村健一に説教されたくはないなあ。
人間力。

人間力。

追伸:忘れていたけど、昨晩は鴨鍋でした。鴨が2パックで500円という破格値だったもので。次はいつになることやら。いやあ、うまかったです、はい。