国家の輪郭

 終日雨。早起きし、電車を乗り継ぎ九州国立博物館へ。ジュンク堂@天神にて本を物色。創作京料理店で飲み食い。12時頃帰宅。へとへと。
 で、九州国立博物館、交通アクセス最悪です。最寄の駅からのバスは一時間に一本。なので移動手段はほぼタクシーに限定される。マイカーがある人はまた違うのでしょうが。山手の辺鄙なところに造ったせいでしょう。もっともそのおかげで敷地はかなり広い。タクシーのおいちゃん曰く恐竜を模して造ったという博物館そのものも迫力十分。「もの凄い数」と再三再四報道されていたのである程度覚悟していた人混みは、土曜日、雨という条件のせいかたいしたことはない。ゆっくり落ち着いてみることができました。
 特別展はやっていなかったので、常設展示を。オーソドックスなつくりです。1番から12番ぐらいまで番号が振ってあり、だいたい通時的に並んでいる。けれど、ちょっと変わっているのは、中心となる大部屋があって、番号順にその部屋の中にぐるっと円形状にまず展示されているところ。そして、その大部屋の奥に各番号ごとの小部屋があって、さらに展示物が並んでいる。「海の路、アジアの路」と銘打っているだけあって、アジア各国の文化交流を全面に押し出した感じで、各国の展示物がわりとばらばらに散っているような印象を受けた。政治的な色を極力排除するのは、やむなしか。韓国陶磁のコーナーに掲げてあった年表が日韓併合(とは書いてありませんでしたが)の年で終わっているのを見てちょっと苦笑い。展示物についた説明文も美的鑑賞を推奨するものばかりで、陶磁が並んでいる辺りは特に陶器市かと見紛うほど。美術館といってもいいかもしれません。国宝の刀は中でも見事でした。
 一番印象に残ったのは、伊能忠敬の書いた地図。地図は三枚あったけど、海岸線の辺りがやたら細かく書いてある。というのは彼が日本の外周を歩いて測量していったのだから当たり前といえば当たり前の話なんだけど、それにしても現物を見ると内陸の空白がやたらと目立つ(国立国会図書館よりリンク)。各藩の境界はちゃんと書かれているけれど。伊能の死後1821年に大日本沿海與地全図は完成する。もちろんその後、内陸部もきっちり測量されていくのだろうけど、まず最初にやらなければならなかったのは、やっぱり日本の品格ならぬ輪郭を特定することだったのだなー、とこの地図を見て勝手に想像する。明治政府ができてから日本の近代は始まったという風にいわれているけど、1つの国家が成立し、その内部を遍く均質に想像するにはまずどこからどこまでが国家なのか、という国家の輪郭を見極める作業が必須となる。伊能の測量は、日本が国民国家として成立するための礎をもたらした、ということになるのでしょうね。
 思えばアメリカが法的に国家になったのは1776年だというのは中学・高校の歴史教科書レベルの知識だけども、国民国家としてまとまっていくのは大陸横断鉄道(厳密にはパナマ鉄道の方が大陸横断鉄道だと思うけど)が完成し、西部開拓が一段落する南北戦争以後のこと(異論もたくさんあるでしょうけど)。1890年の国勢調査を受けて発表されたFredric Jackson Turnerのフロンティア仮説が1893年。フロンティアはもうない、というところばっかりが強調されがちだけど、これは事実上アメリカ合衆国が東岸から西岸まで国境線を画定し、大陸国家としてのアイデンティティを獲得したことを意味している。同年、Alfred T. MahanがSea Power においてやたらとアメリカ合衆国の海岸線の長さを強調し、その国家の輪郭を防衛する海軍力を身につけなければならない、とも主張している(と同時に、それはアメリカのsea powerのポテンシャルをも指している)。つまり、やっぱりアメリカでも国家の輪郭が重要だった、ということになるだろう(North American Review でMahanの教え子であるTeddy RooseveltがSea Power を賞賛している点も併せて)。と同時に、輪郭の内部の調和をことさら強調し、その内的調和から帰納して(いや結論先にありきだとは思うが)アメリカ=コロラドを文明の中心に据えたWilliam GilpinのThe Cosmopolitan Railway もこの頃。国家の輪郭の確定とその強化、そしてその輪郭に囲まれた内的調和の強調を、海と陸の地政学が跡付けていた、という辺りは、ブローデル以降の海洋史観を踏まえた大陸国アメリカの系譜として押さえておかないと、と心のメモ帳に上書きする。この辺の事情を念頭におくと、最近の今福龍太が強調するarchepelagoの詩学(特に多木浩二との対談集あたり)のアクチュアリティが見えてくるのではないか、と来月の英文学会シンポへと若干先走ってみたりもする。あ、博物館、面白かったですよ。宮崎県立西都原考古博物館の面白さには到底かないませんが。
追記:英語の説明書きのひどさはどうにかした方が。スペルミスや単語同士がくっついていたりとちょっと目に余る。

知のケーススタディ

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