ラッシュライフ

ラッシュライフ (新潮文庫)

ラッシュライフ (新潮文庫)

 4人の主要登場人物に降りかかる出来事が、エッシャーの騙し絵のように交錯する物語。
 宗教じみたセミナーに参加する若者、不倫相手と一緒になるべく、互いの伴侶を協力して殺そうとしている精神分析医、凄腕の泥棒、リストラされたサラリーマン。4つの糸をすれ違わせたり、もつれあわせたり、離れたりさせて、物語を編んでいく。糸の先端、中ほど、そして末端に、金で何でも買えると信じている画商と新進女性画家の逸話が結び目をつける。中盤以降、叙述トリックが威力を発揮し、結びつきそうで結びつかない糸たちの微妙な時空間のずれを劇化する。
 「死体がバラバラになって、またくっついて歩き出す」という都市伝説が、テーマの上でも構造の上でも、エッシャーの絵や「ラッシュライフ」と並ぶ通奏低音となっている。実際にその都市伝説は物語中具現化し、交通事故で死体を轢いて、それを隠すためにトランクに入れておいたら、走行中2度ほど死体が外に飛び出して、ちょっとトイレに行っている隙に、トランクの中の死体がバラバラになっていて、目的地に着いたらその死体が外に出て歩き出す、という破天荒な展開になっている。真相の暴露の仕方がかなり興ざめだが、この発想自体は面白い。他では、凄腕の泥棒が他人の家に忍び込んだら、そこにまた新米泥棒がいて、しかもその泥棒が大学時代の同級生で、身の上話が弾み、ベテランが新人に泥棒のやり方を実演すると思ったら、実はその家はベテラン泥棒の自宅だった、というくだりとか。しかも、隣の家がバラバラ殺人の現場だったり。
 解説にも書いてあったが、この人はある種のサーガ(たとえばヨクナパトーファとか)のような感覚で物語を書いているようで、他作品と登場人物や金言が重複しているようだ。そういえば、「神様のレシピ」って『グラスホッパー』でも出てきた。