絶望ノート

庵堂三兄弟の聖職

庵堂三兄弟の聖職

 遺体を解体して形見の品を作り出す遺工師をなりわいとする一家の話。ある意味、おくりびとグロテスク版みたいな。
 『地図男』よりはだいぶ下で、『RANK』よりは上、という感じか。著者自身も授賞のことばにおいて、これはホラーなのか、と自問自答しながら書いた、といっているように、常識的なホラーの範疇からはずいぶんずれる。映像化したらホラーになるのだろうけど。
 家業に関わらない次男の目が読者の視点に近いはずなのに、あまり違和なく他の兄弟と並列されてしまっているために、平板な印象を受ける。もっと行動だけではなく、心理的なギャップがあったほうが、大団円(?)に向かう三兄弟の(異常な)団結が劇化できたのではないか。そして例によってブレスマークがどこにもない。息苦しい。
 ファスト風土化された平凡な郊外の中の異常な世界、なのだけどそこに生きる当人たちにとってはそれが正常、という設定も、あまり対比がうまくない。構成力はもうひとつ。
 けれど、文体はいい。言葉のセンスがいい。

絶望ノート

絶望ノート

 「絶望ノート」と名づけられた日記帳に、陰惨極まる苛めのあらましを日々記していく少年・照音。いじめグループのひとりが偶然躓いて大怪我するきっかけとなった石ころを少年は御神体として崇め、いじめグループの少年たちの死を懇願する。やがてノートの存在は、仕事をかけもちしながら家計を支える母・瑤子の知れるところとなり、彼女は仕事の合間をぬって、興信所へ学校へとひとり奔走する。だが、父・豊彦ひとり、母子の間で密かに伝染する鬱屈した空気に中らない。青年時代から揺曳され続けてとっくにぼろぼろになった夢にまだしがみつき、身も心もジョン・レノンを気どる。夫としても父としても気概を見せず、夢うつつに骨がらみで胡乱な日々は、ただ家の中でごろごろし、レノンモデルのギターコレクションを磨き、夕食時に発泡酒を呑むことだけに費やされていく。そんなある日、事件は起こる。
 『デス・ノート』+ややサカキバラ事件のようなアイディアは、ネット社会、親子関係、格差社会、教育問題、書くことに伴う責任、現実とリアル、復讐、そしてレノンの「イマジン」などによってゆたかに脚色され、変奏されていく。『世界の終わり〜』や『女王様と私』、『家守』のテーマや手法を借りながら、まったく別の画を描いている。トリックのためだけに奉仕するうすっぺらい物語ではなく、陰影を湛えた立体感がある。いつもながらよくもこんなに醜悪な人間が書けるなあ、と(ポジティブに)感心するが、今回はそうした醜悪さがひとりに収斂せず、縦や横にも広がっていくので、より厚みが増した観がある。叙述トリックで鳴らした『葉桜の季節に君を想うということ』以来、歌野晶午の新境地を切り開く新たな代表作といっていい仕上がりだと思う。