皮膚と「落ちる」

 

五、六分もするうちに、私には彼女の中指のさきもかすかに感じられました――やがてその指は人さし指といっしょにピッタリ私の肌の上におかれ、しばらくはそのまま二本の指がグルグルグルグルとさすりまわっていました。そのうちに私の頭に、これは恋に落ちるなという気持ちがひらめきました――私は尼さんの手がいかにもまっ白なのを見て顔を赤らめました――隊長どのの前ですが、私は一生涯あんなまっ白な手というものには二度とお目にかかることはあるまいと思います――(『トリストラム・シャンディ 下巻』 193)

 どこだったか、「恋に落ちる」という表現を、人よりも恋が下にある、とスターンは恋を空間化して解釈していた。
 触れる。擦る。
 しばしば皮膚の一点に表出する「触られている」という小さな感覚は、次第に撒種・繁殖し、気がつけば全身を覆っている。まるで初めてのように、皮膚を感じる。「包まれている」ことへの痛痒に包まれる。
 膝頭をさすりまわられ、皮膚感覚はかき回され、理性は身体感覚へ、そして心情へと「落ちる」。理性を失う。
 スターンの場合、常軌を逸した状態は、しばしば血流量の増加と関連づけられる。尼さんの理性との対比が血行によって表わされている。