『アメリカ文学のカルトグラフィ』ツイートまとめ+α

アメリカ文学のカルトグラフィ ――批評による認知地図の試み

アメリカ文学のカルトグラフィ ――批評による認知地図の試み

 ※以下は、読書メモツイート。そのまま転載。

 それから新田啓子アメリカ文学のカルトグラフィ』も読み始めた。抒情や情動を怜悧な言語で縁取る手際がさすが。同書をググってみたらとんでもない「書評もどき」に出くわし、憤る。そういうわけでこれについてはブログにまとまったものを書きたい。あんなものが検索の上位にきちゃだめでしょ。
 『アメリカ文学のカルトグラフィ』第三部まで。憑在論の系譜、アメリカ黒人作家と共産主義、近親相姦の乱交的デモクラシー。空き地の一瞬を切りとるスナップショット。ただしそれぞれ時空を脱節させたヘテロトピックな章が並ぶ。もう少し続きが読みたいような章もあるが、紙幅の都合だろうか。
 同書中、挙げられている文献のひとつ、巽孝之アメリカン・ソドム』絶版か。
 アメリ黒人文学の日本への輸入・紹介を扱った斎藤忠利『主流に逆らって――白いアメリカの黒い文学』。 ラングストン・ヒューズあたりと同時代には輸入されていたというから、アメリカ文学の日本での受容が始まる時期とほとんど変わらないのではないか。
 親密圏とデリダについての新田啓子の論考を収録、「遠いものを愛すること――親密圏とその外部」もチェックしておく。
 「そもそも文学的想像力とは国境線の存在に規定されるものではなく、人間に備わるものである。移民には移民の、黒人には黒人の、女には女の、エスタブリッシュメントにはエスタブリッシュメントの想像力が成立しているはずである。また、そのような想像力は、無論究極的には個人のものであり、集団的アイデンティティに回収されるものではない。」(新田啓子 『アメリカ文学のカルトグラフィ』 300)
 「使える過去」を自足的に動員しようとする文化的エゴの危険性 「[アメリカをマイノリティの物語で複数化する]アメリカズへの欲望は、ある角度から見れば、差異や他者性の欲望というより、なんにでもたやすく自己同一化できる、万能な自我のロマンティシズムに似ているのである。」(288-89)
 20世紀アメリカ、characterからpersonalityへ、自我モデル変遷の文化史 Warren I. Susman. _Culture as History_
 動物と人間、「伴侶種」 Donna Haraway. _The Companion Species Manifesto_
 「病の枠組」としての「発生の物語」=保菌者・感染源探し Priscilla Wald. _Contagious: Cultures, Carriers, and the Outbreak Narrative_
 「[ブラウンの『親和力』は]、「感染という現象が、あたかも人と人との絆を作る手段であるかのように、捉えているといえるだろう。この場合の感染源は、その身をもって、初期アメリカの公共理念、「共感」の地図を現出させる主体となるのだ」。(新田啓子アメリカ文学のカルトグラフィ 230)
 

※以下は、書評らしいものを書こうとしながら生来の多動症に振り回され、書きかけのまま放置してあったものです。恥ずかしながらそのまま載せておきます。

 

 ル・クレジオの長編小説『黄金探索者』といえば、先祖伝来の古地図に魅せられたある少年の成長を静謐な筆致で物語る傑作冒険譚として名高い。
 すべてを破算に帰す鉄砲水、汲み取られていく石油、毛穴から噴き出る汗、飛沫をあげ嘯く海洋。液体の気まぐれ赴くままに、翻弄される物語は外洋へと流され、少年は地図を手に冒険に旅立つ。
 冒険小説の定型に漏れず、少年の手にした地図は宝の在り処を示す地図であり、少年の抱く夢は一攫千金だ。果たして少年は航海を経て地図に描かれた島へと降り立つことになる。地図には記号が鏤められている。少年は島の地勢と地図の記号群とを重ね合わせ、ひとつずつ虱潰しに当たっていく。荒涼とした島は少年の夢を刻んだ「地」へと変わっていく。
 かくして地図は役割を終える。地図の記号が切り結ぶダイアグラムが島を象っていることを確認したから。少年は途方に暮れる。地図と同じ記号を象る島はもうひとつの地図でしかない。少年にはまだ地図が読めない。それは地図の示す布置連関を愚直に辿ったまでのこと。地図を追い、地図を見つけたが宝はどこにもない。
 少年は空を見上げる。とっぷり暮れた漆黒の面をたくさんの綺羅星が飾っていた。少年は気づいた。地図、そしてこの島の地勢が描く点と線の「図」が、夜空の「地」に広がっていることを。空にはまた別の地図があった。祖先が無数のありうべき組み合わせから選びとったひとつの形が。つまりその版図はまず空に見出され、次に島に書き写され、さらに地図へと形を変えた。少年は先祖の工程を逆さに辿っていた。すべてのルーツ探しがそうであるように。少年が得た宝は、金銀財宝ではなかった。足許ばかりに目を落とし地下に眠る財宝を詮索するのではなく、祖先も見た同じ空を見上げることを少年は学んだ、というわけだ。
 『黄金探索者』において、地図は目的を与えるものではなく、移動可能な方角の幅を示す羅針盤の役割だけを担っている。換言すれば地図はそれがなんのための地図であるのかを語らない。地図は空虚なままだ。地図の読み手は暗号解読の実践を通じて、記号と記号の間を切り結んでは自分なりの「星座」を構成し、解釈者として自己成型していくほかない。
 地図の読み手に自らの解釈格子を設計するよう促し、果ては自らの力で自然を読み解くよう仕向ける、そんなダニエル・ブーン教則本のような地図の秘めたる膂力。
 新田啓子アメリカ文学のカルトグラフィ』は、批評の側から、読者をひとりの地図製作者として自己成型するよう誘惑する一冊だといえよう。解釈の幅を狭め確たる至高の一点への収斂を目指すのではなく、常識・既成として「抜き型」になっている解釈の枠組を問い直し、盲点を明るみに出す。新田の叙述は戦略的だ。
 新田が本書で採る手法はフレドリック・ジェイムソンの認知地図と近似しているようだ。しかしながら、「人がおのれの位置する環境を理解するための想像の様式」であり、「描写できない制度的地平のなかに自己のポジションを思い描く、空間的な主体化」と説明される認知地図は、それ自体理論化を拒むようなひとつの「操作子」でしかない。「操作」にはヴィジョンがなくてはならない。認知地図という一知半解の誹りを免れ得ないジャーゴンに付き合うより、地図を「表象の貧困や限界が常に修正されるべき未完の図像」とする新田のヴィジョンにこそ関心を傾注すべきだろう。
 背景のひとつには、エスニック・グループが相互排他的に自文化を言祝ぐ<多文化主義>と、選別されたテクストを再聖典化しようとする反動的な教養主義、<カルチュラル・リテラシー>との相克の只中で、「抜き型」と化してしまったニュー・アメリカニズムの硬直がある。
 (新)歴史主義、ポストコロニアリズムクィア批評、ゲイ・レズビアン批評、文化研究、黒人研究、アジア系等エスニック・スタディーズ、精神分析批評など、批評潮流は多視点化し、もはや棹さすことさえ迷い箸の袋小路、ままならないほど支流の分岐は止め処ない。こうした見通しの悪さを嘆き、作家主義への回帰を唱えるもの、新しい普遍性を打ち立てようと原理的なレベルで思索を重ねるものなど、領域の脱領域化に対する反応もまた乱立している。
 だが新田のヴィジョンは、こうした渾然一体のアマルガムを分解したり、それに対抗する処置について思案を巡らせることとは関係ない。新田が問題視するのは、多様化・濫立の一途をたどる理論が(ネオ)リベラリズムの許で硬直し、クリシェへと堕している状況である。一見多様化したようなリベラルな批評のあり方に潜む貧困と壊疽を丹念に炙り出し、その盲点、消失点を地図に書き込むこと。本書の地図作製者的ヴィジョンは多様性が孕む構えの硬直性批判に向けられている。


 民主主義、平等、幸福等の価値を問い直す。
 パブリック/プライヴェートの政治的枠組みを越えた「コモン」、あるいは共同体/個人の社会学的枠組みから零れおちる「存在」
 「存在」同士をスナップショットのように刹那に転写し、それらが切り結ぶ「コモン」の総体をアメリカと名指してみる試み
 継起的、発展的、本質的語りが失効する現代において、新しい語りを模索。バルトの論じたエッフェル塔のように空虚で、ただその表面を横滑りするしかないアメリカ。その深みをボードリヤールは予め封じていたし、ジャリやヴェルヌが物語の舞台として利用したのはアメリカの広大さ、広がりだった。ドゥルーズのいう条理と平滑空間が互いを食み合う乾涸びたウロボロスアメリカは、ただその広がりだけをもって、厚みの可能性に賭ける。ランボーの地獄。想像力の源泉となる地獄に深さがないのであれば表と裏とが見分けのつかない「厚い記述」を目指す。
 重層的な関係ですらなく、端と端とが触れ合うような、あるいは一枚一枚のサイズや像、向きに微かな谺を忍ばせるような、脆い繋がり。構造主義的関係性がつくる堅牢な形、揺るがぬ機能性はどこにもなく、それはオニハコベの茎のような、しなやかで危く、ただ一時の逞しさを煌めかせて千切れていく、そんな繊維質はスナップショットが他動詞的に呼びかける刹那に張り巡らされている。

全体的なヴィジョン:バトラー『戦争の枠組』
南部とその批評の政治性:越智博美『モダニズムの南部的瞬間』
メラニー・クラインの超自我が持つ政治的ポテンシャル:遠藤不比等死の欲動モダニズム
感性とその枠組、崇高の可能性:ヴォルフガング・ヴェルシュ『感性の思考』
ルノート・ベーメ『感覚学としての美学』